自分の中で色々整理できたので
伝えたいことがあります。
この内容は
以前から私を知ってくださってた方しか
わからないことかもしれないのですが
どうしても伝えたいので
書かせて下さい。
8月23日
祖父が亡くなりました。
今まで自宅介護していた様子を
日記に書かせてもらっていたので
ご報告させて頂きました。
まだ私が実家にいた頃
両親と協力して介護をしていたのですが
父母は共働き、
平日は基本的に私が看ていました。
要介護4の祖父の行動に
わけがわからなくなって
家を飛び出したいと思ったことは
何度もありました。
そんな時去年の7月
とある理由で
こちらの店舗に出会いました。
両親と相談して
2人が休みの土日と
ショートステイがある月曜日のみ
広島に働きに行けることになりました。
スタッフさんも事情を受け入れてくれて
限定3日間の出勤許可を頂きました。
私にとって広島に来ることは
癒しになっていました。
介護のことを日記に書くようになって
応援してくれるお兄様が沢山いて
自身の経験からアドバイスをくれたり
同じ状況の方がいたり
介護のことがキッカケで
会いにきてくれた方も沢山いて
本当に嬉しかったです。
行きの新幹線はルンルンで
帰りの新幹線では泣いて帰ることも
多々ありました。
今年3月に祖父が認知症が原因で倒れて、
救急車で運ばれて
そのまま入院し
最終的に介護医療院に入ることになり
私は家で看たかったのですが
父と母は限界を迎えていたらしく
私の意見を
覆すことはできませんでした。
祖父がいなくなった実家は
ぽっかり穴が空いた感じでした。
そんな生活に耐えきれなくなり
私は4月、広島に住む決意をしました。
6月になり
私自身が体調を崩し実家に帰っていました。
母と祖母は毎日面会に行っていましたが
認知でもう私のことは分からず
どんどん弱まっていく祖父を
見ていることに耐えられなくて…
自分も治療中だったのもあり
面会には行きませんでした。
最後に会ったのは5月に帰省した際、
この写真の時です。
『私広島に住むことにしたんだ!』
って言ったら
『広島?なんでだ』
と言われて
『お仕事だよ!楽しいよ!』
と伝えたら
『仕事かあ、良い仕事だったらええなあ』
と言ってくれたのを今でも覚えています。
その後に
『がんばれ、がんばれ』
と言ってくれて
『また会いにくるから
それまで生きとってよ!』
と言ったのが最後の会話です。
認知で私のことなんて
わかってないはずなのに
その時はなんだか
ちゃんと理解してくれてたのかな?って
感じました。
祖父の死は突然で
前日までは母と祖母と楽しく会話してたのに
翌日の朝亡くなったそうです。
93歳、老衰でした。
葬式、告別式が終わり
まだ受け入れられない自分がいました。
祭壇が実家にあり
毎日遺影と目を合わせる日々に
また耐えられなくなって
自分の体調を無理やり治して
広島にまた戻ってきました。
こちらに戻ってきてからは
お兄様方に色々話を聞いて頂いて
気持ちもやっと落ち着いて
今は犬と一緒に
楽しい日々を過ごせています。
お兄様方が
せっかく作ってくれた時間の中で
祖父の話をして
勝手に時が流れるのは申し訳ないと思い
ここに書かせて頂きました。
改めて言わせて下さい。
介護しながら働いていた際、
日記を見て応援してくれていたお兄様方
実際に会いにきてくれたお兄様方
スタッフの皆様
本当にありがとうございました。
お兄様方が日記を見てくれるおかげで
美味しい料理作ろうって思えたし
お兄様方が予約してくれてたおかげで
もう少ししたら広島に行けるから
介護頑張ろう!って思えました。
当時の私の生き甲斐でした。
広島が大好きになりました。
本当に本当に
ありがとうございました。
これからは
自分の幸せを沢山見つけて
元気で頑張ってる姿を
祖父に空から見ててもらえるように
頑張りたいと思います!
祖父が言ってくれたように
このお仕事は私にとって
『良い仕事』です!
なのでこれからも
働き続けたいと思っています。
マイガール限定にするか迷いましたが
私の現状を知って頂けたらと思ったので
そのまま投稿させて下さい
長くなってしまい申し訳ございません
読んでくれて
ありがとうございました。
ひなの